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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)127号 決定

抗告人 株式会社日本殖産 外一名

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

抗告人等は原決定を取消し、株式会社日本殖産の提供した強制和議を許可するとの裁判を求め、その抗告理由として主張するところは、別紙抗告理由及び綜合上申書記載の通りである。

そこで考えてみるのに、本件強制和議については法律上事実上諸種の問題がある。まずその(一)は、和議条件の第一である、株式会社日本殖産と日本殖産金庫社長こと下ノ村勗との両破産権者を平等な同一の和議条件を以て遇することが、法律上可能であるか否かの点であり、その(二)は破産法第三二三条の問題、その(三)は和議条件履行の確実性の点である。原決定は右の諸点、殊に(二)及び(三)に重点をおいて、本件和議を以て破産債権者の一般の利益に反するものと判断し、その提供を債権者集会の議に附するまでもなく棄却すべきものとしたのである。

そこで右原決定の当否を、原決定後の事情その他の資料により更に検討する訳であるが、まず本件には、本件和議の特殊事情ともいうべき一つの注目すべき特徴がある。それは本件和議が一応形式的には破産者よりの強制和議の提供とはなつているものの、実質的には、破産債権者側の要望に基くとの点であり、この事実は本件全記録を通じて、これを看取するに難くないところである。そしてこの事実は、本件の諸問題を考えるに当つては、常にこれを基底として考察するを要するものと考える。

(一)  本件には株式会社日本殖産(会社日殖)に対する破産事件と、これに関連して同会社の代表者個人である日本殖産金庫社長こと下ノ村勗個人(個人日殖)に対する破産事件があり、両者につき同時に別個の破産宣告がせられたものであるが、右両事件において、破産債権額と財団所属の財産額との比率(配当可能の割合)につき相当著しい差異のあることは、右両事件の記録によつて明かであるからこれを法律的に見れば、右両事件を併合して双方の債権者を平等に扱うことには相当の問題がない訳ではない。しかし会社日殖と個人日殖とは一営業の表裏両面をなす関係上、右両事件はこれを併合して一括処理することが、実質的には妥当であること、また右両事件の記録に徴してこれを認めるに足るのであり、これを法律的にいつても、その併合により不利益を受ける側の債権者(会社日殖事件の債権者)全員またはこれと同視するに足る程の債権者の同意があれば、その許さるべきこともまた明かであつて、本件和議が債権者側からの要望によるとの前示特異性から考えれば、右同意の可能性もまたなきに非ずと考えられる。

(二)  次に破産法第三二三条の問題であるが、この点については原審当時と現在とでは、その事情に相当大きな変動がある。すなわち、日本殖産関係滞納税金については、東京国税局長より昭和三二年六月一日附を以て「全国債権者の要望により強制和議提供審理中につき強制和議認可成立後ただちに二千百万円、残額については二ケ年以内に支払うことの申出を承諾す。従つて破産法第三二三条に依らず和議成立後は管財人には滞納税の請求はしない」との書面が破産管財人宛に出されたことは抗告人等提出の疏明書類によつて明かであり、また一般の優先権ある債権者については、その大多数から「破産法第三二三条の手続によらず、届出確定金額の六割を破産者のために免除し、残り四割については、強制和議の認可決定確定と同時に破産事務所又は強制和議運営事務所において即時支払う」ことに同意する旨の書面が抗告代理人富田弁護士宛に到達していることも同様疏明書類によつて認められる。尤も右優先債権者よりの同意については、その同意を求めた右代理人等からの書面において、妥当を欠く点もあり、その他相当問題とすべき点もないではないが、ともあれ、本件強制和議について、財団債権及び優先債権の部分に存した障害の相当程度が除去せられた事実だけはこれを認めなければならない。

(三)  和議条件履行の確実性の問題は(二)の点にも関連することではあるが、この点についての原決定の危惧また相当の考慮に値するものであるが、本件和議が債権者側からの要望によるとの特異性から考えれば、この点その他前示の諸点も、これを一応債権者集会の議に附した上で、更に考慮するのが相当であると考えられる。

以上の理由により、本件強制和議の提供を、債権者集会の議に附するまでもなく破産債権者の一般の利益に反するものと判断して、これを棄却した原決定を取消すべきものとし、なお本件については審理を要するものがあるので、これを原裁判所に差戻すべきものとし、主文の通り決定する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

抗告の理由

第一、本件の破産事件は昭和二十九年六月十六日、日本殖産金庫社長こと下ノ村勗の破産と共に前者を株式日殖と称し後者を個人日殖と称して同時に二個の破産宣告が併存するのであつて、抗告人は原決定の摘示する如く一営業の表裏両面をなす性質上、債権の平等分配に不合理であるから二個の破産を一括処理されるよう、併合を申立てたのに対し、原裁判所はこれに応えず、依然として株式日殖と個人日殖の各事件を別個のものとし、独立に棄却の決定をしたことは妥当性を無視したものといわねばならぬ。

第二、原決定の摘示理由中に、

「強制和議認可決定確定後破産管財人において弁済すべき財団債権及び一般の優先権ある債権(調査済のもののみ)は合計金壱億弐千六百六十八万五千余円(内滞納国税、地方税、社会保険料は合計七千参百拾六万九千余円)に達するに対し破産財団に現存する現金(預金を含む)は金参千八百四拾七万七千余円(何れも昭和三十一年十二月末日現在)に過ぎず従つて下ノ村勗個人の破産事件と株式会社日本殖産の破産事件を一括処理することが妥当であり、且仮に本件強制和議の成立を見るに至るとするも、前示財団債権及び一般の優先権ある債権につき、適当の措置を構じない限り、これが減額乃至弁済猶予を得られる期待の上に成立せる強制和議の条件の履行は忽ちにして不能となる虞があるばかりでなく」と、ありますが、右は現有現金に対し財団債権と優先債権を比較しただけの計算であつて、その他の資産たる貸金債権が昭和三十一年六月三十日現在約壱億六千五百万円存在すること、又は不動産の換価増収見込額並にその後本年一月三十一日迄に未払税金が全部で合計三六、九七二、九七七円に減少している事情等は全く未調査のまゝなされたものであつて審理不尽の決定である。

殊に本年(昭和三十二年)二月十一日全国債権者代表十四人が態々上京して原裁判所を訪問し、仁分百合人判事殿に面談を求め強制和議の認可促進を上申した際、同判事殿はこれを諒とされ「優先債権者(給与債権者)と未払税金とにつき、交渉示談の上、特に破産法第三二三条の手続によらず、和議の手続により支払を受くること及び支払猶予又は減額免除等の同意書を提出することがよいのではないか」との御注意を受けましたので、各代表者等は安心しその後三日間に及ぶ協議は、総て強制和議が許されるものであることを前提として決議を進め、疏第八号証(同意書)の如く決定し、目下頻りに調印等を取纒めつゝある現状であり、未払税金についてもその際右債権者等は、東京国税局をも訪問し万端の陳情要請をなし、且つ具体的支払方法を書面で提出するようとの提示まで受ける程度の諒解を得たので、現に国税局と打合せつつその書面を印刷している次第である。

それにも拘わらず、原決定には、「―これが減額乃至弁済猶予を得られる期待の上に成立せる強制和議の条件の履行は忽ちにして不能となる虞がある」と仮想的観測をせられ、而も「単なる期待の上に成立せる強制和議である」とまで認定されたことは早期決定による誤認であると言わねばならぬ。

第三、更に、原決定の理由中

「破産者及びその財産並びに営業の経過と現状に照して、本件強制和議条件の基礎をなす事業計画の構成自体無理があり又多分に希望的観測に基くものであつて和議条件の履行の確実性を担保するに欠けるところがあるものと認めざるを得ない」と極言されたことは、寧ろ原決定こそ憶測的観測の上に立つて生じたものであると考えられる。

本来本件の和議提供は、名義人だけは破産者から申立てたのであるが、破産宣告の当時から既に和議を熱望していた十数万人の債権者が、二年有半に亘つて各地で集会決議を重ねた結果漸くにして今日の運びとなつたものであつて、実質的にはまつたく被害者である債権者の企図に依る特異の強制和議であることは原裁判所に対して提供者から再三申述べたところである。

従つて強制和議の基礎をなす事業計画の如きも、皆これ被害者たる債権者の合議した上で立案されたものであつて、畢竟債権者が自ら求め自ら計画して自ら経営するのであるから強制和議の履行の確実性を重大視することは取越苦労であつて何等顧慮するに足りないと信ずる。

殊に事業計画の総ては、将来に対する希望的観測を基礎とするものであることは申すまでもないことであるから、内容を現実的に具備しない限り、希望的観測であり、現実性を欠ぐものと認定され、惹いては将来の事業の成否に至るまでも憂慮して強制和議棄却の理由とされたこと自体が不服である。

この点につき御心証を得るため全国債権者代表として選任を受けた債権者岩内隆平が利害関係人として本件抗告事件に抗告人として加わつた所以である。

第四、原決定の理由中

「今若し本件強制和議の効力発生によつて開始さるべき貸金業の運営意の如くならずして損失を来さんか破産手続により破産債権者に配当せらるべき財産も鳥有に帰せしむべく、かゝる事態の発生も多分に懸念せられるところである」との取越観念を基礎として、

「破産債権者の一般の利益に反するものと言わねばならない」との結論により、本件を棄却されたものであつて、原決定が抗告人の提供理由を希望的観測の上に成立したものと認定されたことを抗告人等としては、徒らに原決定は取越観念を基礎とするものであると主張して相対立する見解を抱くものである。しかも財産を鳥有に帰せしむべき懸念は本件に限り毫も存在しない。

それは和議条件計画表中、和議監視事務費として一年間に金弐百四拾万円を計上したのはそのためであつて、債権者集会において各地区を代表する監視委員を選任し、一切の財産の利用及び処分の権限は監視委員に委ねてその権限に附し、社長たるものは単に実務機関たるに過ぎざる構想によつて経営することが本件強制和議の根本であり、

監視委員の選任方法及びその権限は、債権者集会において協議決定し、これを和議条件中に附加することは、充分用意されているのであるから、監視委員会としては、自己の債権に不利益を生ずるようなことを決するようなことは有り得ない。

(一) また財団債権者たる未払国税の如きは現に総ての不動産を差押執行中であつて、仮に和議成立後であつても、これに不利益を与える余地はないのであるが、目下の処、国税局との話合によれば、換価増収の見込あるとき又は税金の一部納入払込の事情等により、差押の一部解放をなすことが適当と思われる機会には、その都度国税局の許可を得て処理することに、大約の了解を得た事情にあり、

(二) 更に優先債権(給与債権)の如きは、全額放棄又は六割を免除し、残四割は和議成立と同時に支払うとの条件に同意も纒つているのである。

従つて和議成立後の運営中に於ても、資産と負債との均衡が変動する理由は存在しないのである。

右の事情であるのに拘らず、原裁判が財産を鳥有に帰せしめる虞ありと認定されたのは、本件強制和議の根本に大なる誤認がある。

殊に、破産財団中、現有現金(預金を含む)が、金三八、四七七、四七四円(三一、一二、三一現在)が存在し、その内優先債権が、株式日殖と個人日殖合計五六、一五二、二五七円(三一、六、三〇現在)あるとしてもその六割を免除され四割だけを支払うことゝなつているから、その後の貸金債権取立分等を合計すれば、裕に弐千万円以上の剰余金を見積ることができる事情であるから、和議計画表の資本の予定額は凡そ確保し得られるものと思われるのである。

仮に、右の予定額に些少の違算が生じたとしても、第二計画表による予備的な資金の注入方法が用意してある。

第五、本件強制和議の提供は破産一般債権者十数万人の要望に基く特異性を有するものであつて、破産者の再起を目的とするものでないことは、和議計画表の最後年度に於てその全部を換価することによつて、和議条件を完了することになつているから、破産者はその際無一物となつて和議を終了するのである。つまり本件計画の全部は全債権者の利益のために提供されたものであること明白で、破産者は被害者たる債権者のために事務的に犠牲貢献するのであつて道義心から出た誠意の披瀝乃至謝罪の念が債権者の要望に触れて和議の提供並びに本件抗告の運びに至つているものである。

従つて破産管財人は勿論、破産監査委員まで原裁判所に等しく本件強制和議に対する賛成意見書を提出している。

殊に、法律上優先を認められた給与債権者でさえ、原裁判所の裁判官殿から減額又は支払猶予等の示唆を受けたことにより、全国債権者代表者会を開き欣然としてその六割をも免除し(中には全額を放棄した者もある)目下末尾添附疏第八号証の通り同意書を取揃え中である。

また、国税局においても未払税金(優待金と称す)も各地から上京の右債権者代表と懇談の上、理解ある取扱を受け得る順序となつて目下その適応文書も作成中であることは上記した通りである。

右の次第であるから今日に至り独り裁判所だけの反対御意見に接したことはまことに遺憾に堪えない。

破産管財人、同監査委員及び財団債権者、並びに優先債権者一般債権者等利害関係人挙つて支持賛成する本件に対し本棄却の決定をなされたのは、破産法における強制和議の規定から受ける破産者の法律上の権利々益を無視した違法の決定であると思料されるばかりか、十数万人に上る稀有の大量債権者の念願を黙殺した点において、憲法第十三条にいわゆる、―幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

との規定に牴触するものである。

第六、原裁判所は破産法第三二三条の適用限界に関し、和議提供者との間に、見解の相違がある。その点は本件強制和議提供の許否について最も重大な関係がある。原裁判所は、管財人は優先債権者に対する弁済又は供託を完了する必要があるからそのためには必要な換価処分をも為す権限があると解せられるために、本件の場合には、破産事務を終結して後、強制和議に引渡すべき資産は殆ど皆無になると観察され、強制和議が成立したとしても、結果に於ては和議資本金の不足を生ずるのではないかと考えられたことが、本件棄却の根本をなすものと思われる。

しかしながら同条は、本来債務整理に関する規定であつて、破産財団が現存することを前提として残務整理の方法を事務的に指示したにすぎない規定であるから、弁済可能の場合に限られて適用ある法文である。

そこで、一部弁済又は一部供託の如きは、本条の要求していないところである。

抗告人においては和議成立と同時に破産事務の全部を現状のまゝ和議事務の方へ引渡されたいと要求するのに反し、原裁判所及び管財人側では破産法第三二三条により、弁済又は供託を要する旨を強調されたゝめ、これ等の見解の相違から本棄却の決定となつたものであると思う。

抗告人に於ては前野判事破産法第五二六頁の「管財人が任務を終了するに当り容易になし得ることであるから便宜これをなさしむるに過ぎないのであつて煩瑣なる手続を要求するものではない。故に、否認権行使の如きは認められないのである。これに反し財団の換価の如きは容易になし得べきところであるなら換価してもよいのであるが、それでもなお、多くの手数と日子を要する場合にはこれをなすべきものであるまい」との学説を援用し、なお、本件破産並びに強制和議の提供につき、債権者全部の要請による特異性を附加主張するのである。

要するに原決定は本件につき具体的妥当性を看過したものであるといわねばならぬ。

右の理由により抗告の趣旨記載の通りの御裁判を求めます。

綜合上申書

御庁昭三十二年(ラ)第一二七号及同年(ラ)第一四三号強制和議の抗告事件に付抗告人の提出した理由の主要部分を更に綜合して左の通り上申いたします。

第一、本件の和議提供は全国債権者の大部分の発意を基礎として提出されたものであつて、破産者自身が営業の再起としてなした和議の提供でないことは、和議の計画表中最後には、破産者は全部の残余資産を換価処分して無一物となつて営業を廃止することになつている点に照して明白であります。

尚本件の主たる動機は破産債権の大部分が現在までの破産事務の進捗に対して甚だしく不満且つ不安の念に駆られた未、強制和議を成立させて、債権者の手で整理しようとの動きが見えたからでありますから破産債権者等は破産事務の移譲を希望している点に特異性があるのであります。

第二、本件強制和議の提供は、株式会社日本殖産と日本殖産社長こと下ノ村勗の両破産につき共同連合して一個の強制和議の認可を求めたことは、前者(株式日殖)と後者(個人日殖)は本来一営業の表裏両面を為す性質を有し、個人日殖は、株式日殖の営業資金の調達機関であつて、これを株式払込みの形式を以て、株式日殖に投入し、株式日殖は此の資産により営業を運営してきたものであるから、両者は一個の営業であること明らかであります。殊に個人日殖が増資株式として引受けた拾四億七千万円相当の株式は今尚破産財団中にあつて昭和三十一年六月三十日現在の破産管財人の管財状況概要中十二頁によると会社日殖株式、拾四億七千万円は現在無価値であるように報告しているが、右の株式は今尚株式日殖が、破産中であるとは言え存続している限り、無価値のものとは認められないばかりでなく、個人日殖と株式日殖の資産状態を対比する場合には、右の株式払込金は個人日殖の資産であると認むべき事情にあるのであつて個人日殖の一般破産債務額拾六億九千万円余(三十一年六月三十日現在)の中から、前記株式払込の形式で株式日殖に投入した拾四億七千万円を控除すれば、個人日殖の一般債務は僅かに弐億弐千万円余にすぎないことになりますが、これに反し、株式日殖の資産総額は管財人の報告のように壱億九千弐百万円の資産とみることはできないで、却つて株式日殖の資産は、拾弐億七千八百万円の赤字不足を生ずる計算になるのであります。昭和三十一年六月三十日現在の貸借対照表から債権者への配当予定率をみるときは、個人日殖の方は約壱割七分を配当し得る資産を有するのに、株式日殖の方は逆に七億壱百万円の債務について拾弐億七千八百万円の資産の不足があるということになるのであります。

管財人は個人日殖の有する株式は無価値であるというから(その無価値の原因は営業の衝に当つた株式日殖の与えたものであるが)その言葉によつて右拾四億七千万円を相当に割引考慮しても尚且つ個人日殖の方が資産上優位にあつて本件が、共同連合の和議となることは却つて個人日殖の方が不利益を受ける計算になるのであります。そして右事情は両破産債権者の予て承知しているところで、両破産は共同連合して一個の強制和議を以て運営することが合理的であるばかりでなく、債権者等がこれを希望している所以もこの点にあるのであります。なお前述の如き観察から両破産手続の共同連合が法律上許されないとするならば実際手続に譲つて債権者集会に於て両債権者の決議により実質上の併合の効果を期することのできるよう御高慮をお願いします。

第三、優先権を有する債権中本件につき最も重要なものは滞納税金債権と、給与債権の二種であります。此点につき破産管財人としては破産法第三二三条があるために、これに弁済又は供託をなすことを要し然る後に於て管財事務を終結すべきものなりと主張したので和議申立人に於ては国税局と交渉の結果、左のような諒解を得たのであります。

左記

日本殖産関係滞納現金は目下全国債権者の要望に依り強制和議提供審理中につき、強制和議認可成立後ただちに弐千百万円、残額に就ては弐ケ年以内に支払うことの申出を承諾す。

従つて破産法第三二三条に依らず、和議成立後は管財人には滞納税の請求はしない。

昭和三十二年六月一日

東京国税局長

大蔵事務官 篠川正次

株式会社日本殖産

下ノ村勗殿

破産管財人

右の如く未払税金債権については破産法第三二三条によらず和議成立後は管財人に滞納税の請求をせず、専ら強制和議の運営によつて支払うことを認容され尚残額の未納税は和議成立後二ケ年以内に支払うことと定められたので、此点につき破産法第三二三条の事務的事情を考慮する必要がなくなつたのであります。又給与債権に就ては昭和三十二年一月下旬以来十数回にわたり全国各地区債権者代表者が東京に集合し二月十一日旧日殖ビルで協議決定の結果各給与債権者が左の条件による同意書を提出することになり、これまた破産法第三二三条の事務的事情を考慮する必要なく、和議成立後に於て支払えば良いことになつたのであります。

左記

同意書

自分儀株式会社日本殖産、日本殖産社長こと下ノ村勗に対して給与債権を有し予て裁判所に其債権の届出をなしたのでありますが今般強制和議のため右債権の支払いに付左の通り同意いたします。

一、給与債権に就ては破産法第三二三条の手続によらず届出確定金額の六割を破産者のために免除し残り四割に付ては強制和議の認可確定と同時に破産事務所又は強制和議運営事務所に於て即時支払うこと。

二、和議運営中は必要に応じ給与債権者を逐次採用就職せしむること。

三、本同意は強制和議の認可決定ありたる時に限り効力を生ずるものとする。

昭和三十二年 月 日

住所

氏名 (印)

右の同意書は破産管財人の提出した優先債権表に基く計参千九百拾八件及び特別調査中の参百九拾壱件、合計四千参百九件の内住所不明者及び二種類又は三種類の届出あるものは一通とし参千四百参拾四人の内弐千八百弐拾六枚の同意書が到着しているのである。(尤も現在に於ても一日拾枚位の増加到着中である)

第四、強制和議の条件については昭和三十二年六月六日、抗告審に於て条件の追加を申立て今日に於ては左の如き条件になつております。

和議条件

一、株式会社日本殖産及日本殖産社長こと下ノ村勗の両破産債権者は平等公平なる、利益均テンのため同一の和議条件を以て共同連合の和議を為すこと。

二、和議債権者は其の債権額の内八割を免除し、残弐割の金高を支払債権とし且つ無利息とすること。

三、右支払債権額は和議認可決定の確定した時から五年間据置き、六年度目を第一回とし、第四年度迄は毎年支払債権額の壱割宛及五年度は、支払債権額の六割を各々毎年拾壱月参拾日限り支払つて完済すること。

四、和議成立後、和議条件履行のための運営業務は総て和議監視委員会の決議により定むる業務執行者によりて行う。監視委員会は債権者集会に於て選出する委員十五名を以て組織し、株式会社日本殖産及日本殖産社長こと下ノ村勗は共に和議条件の履行完了に至るまで、和議運営に関係ある業務一切を停止して、これを監視委員会に一任する。

以上

右の如く和議監視委員の構成並に権限は債権者集会に於て詳細の規定を設ける方針であります。

尚債権者に対する配分の履行方法に就ては予て提出した第一和議条件計画表に基くものとするが、其内滞納税金納入方法について、国税局との交渉成立により和議成立と同時に金弐千百万円を納入する定めであるから計画表の中、第三年目より五百万円宛毎年納入する計画のところを、始めの三年間に於て全部を納入し完済することゝなつているから其の納入時期が早くなつただけで、計画表に於ての計算は変りはないのであります。

尚資金関係に就て、弐千五百八拾六万参千円を計上しておりますが、現在破産管財人の現有する現金は四千五百万円あり、その内和議成立と同時に弐千百万円を国税局に納入し、更に来る本年八月末までの破産経費を約壱千万円と見積り(これは本年五月分の支払経費を基本として見積つた)これを差引残金壱千四百万円が残存するところ、本年五月十七日全国各地区債権者代表集会に於て、茨城共栄株式会社代表取締役中村一及び九州代表江口藤作並に東海地区代表大和商事株式会社代表取締役服部兼三郎の三氏に於て、各壱千万円宛を限度として投資することを承諾しているのである(この五月十七日附決議録は御庁へ提出済)から必要に応じ右金額参千万円程度の資本は何時でも準備が出来るからこれに前述の現有残金壱千四百万円を加え合計四千四百万円の準備金は計上することが出来るのであります。尚これらの出資者は何れも株式会社日本殖産の旧支店であつたがその後独立して別個の会社となり、現在好成績を挙げている確実な信用ある会社である。従つて第一計画表に依る運営資本金は、計画以上の準備を、もつています。

尚計画表に依れば一ケ月六パーセントの収入を予期してしかも金融業を運営するものとなつておるが金融を専業とするつもりでなく和議監視委員会の協議により金融以上の投資事業又は物品販売業其他の方面にも副業的にも適宜進出し拡張してこれと併せて収入の増加を計ることも充分考えております。例えば質屋営業の如きは一ケ月九パーセントの公定利息であり、又物品取次販売等の営業に於ては、資本の一〇パーセント以上の収益あるものをいくらも研究しております。

以上のような計画で何事も監視委員会の協議により安全確実な利殖の方法を求め、旧日本殖産の如き営業不始末には絶対に陥らない確信をもつております。

第五、給与債権の和議成立後に於ける支払は合計全額五千参百八拾五万円(これは管財人の名簿記載の債権額)であつて、その六割の免除を受け四割の支払を為す筈であるが、右の内十一名の給与債権者は株式日殖並に個人日殖に対し横領費消其他の損害を与えたる者であつて既に刑事々件になつている者もあり、其他の事情で給与債権と相殺又は損害賠償の訴を提起すべき事情にあるものであります。其金額は合計参千万円に達するのでそれを給与債権総額の中から差引けば残総額は弐千参百八拾五万円となり、其の四割は金壱千五拾四万円を支払えば計算上充分であるとの見透しが立ちますので計画準備金四千四百万円の中から支払つたとしても参千参百四拾六万円の和議運営資金は確保しているので第一計画表の運営は完全であると考えられます。

第六、本件について第二計画表なるものを提出し、第三者の立場にある二名の出資者から各一名につき参千万円也宛の融資を受くることになつておりましたが本件強制和議は債権者の利益の為め最少限度の経費で最大の利益を目的とする計画でありまして、出来得る限り第三者の介入を避けることが、和議監視の上にも、また将来勢力的な対立関係を生ずる恐れがあるので一応これを見送り、他からの金融を受けないようにすることにしたのであります。しかしその第三者たる融資契約者からは再三出資につき積極的な働きかけを受けつゝありますけれども今の処前述の如く新な資金関係の確保できたので第三者の融資を受けないことにしました。

第七、強制和議手続に要する経費に就ては、本来本件破産事件は破産者に対する生活費をも与えていない無一物の破産者がその名義人として、強制和議を提供したのであり又、債権者側から見れば多数債権者の希求に基き提供されたものであるから所謂共益行為であると認めるべきであり、その費用は共益費用として破産財団の中から支出されることが、本件和議の特異性の一つとも考えられ、又財団は債権者の共有物であるとの根本名分にも合致するものと考えます。但しこの点につき特に争いを生ずる点があるとすれば債権者は破産者のために分担してでも拠出することも止むを得ないものと覚悟しております。

第八、債権者に対する呼出状その他書類の送達については、破産法第二九九条に依れば強制和議の条件及び監査委員の意見の要領を記載した書面を送達することを要すとあり、期日には届出をした破産債権者、強制和議の提供者、和議保証人、破産債務引受人、担保提供者並に破産管財人及監査委員に対してはこれを送達することになつており債権者集会の呼出も又同一であるが、本件破産事件は宣告の当時から十数万人の届出を各自にするとすればその手数が頗る煩雑で且つ厖大な費用を要することを考慮され、しかも本件の債権者は中産階級以下の零細の債権者がその大部分であるとの特殊見地から、債権者代表を以て組織されておりました各地区ブロツクに於て代表者により綜合一括して届出を為すよう。との御通達を受けたので各地債権者は左の方法で届出をした次第でありました。

(一) 全国債権者は各地区の事情により代理人を定め、各地区債権者会を組織し、債権の届出ばかりでなく其委任状には、債権者集会の出席、決議権の行使、並に和議協定に関する一切の件を記載して委任し、その届出をしたのであります。

其代理人は全国を通じて百四人選任されました。其住所氏名は必要により提出致します。

(二) ところがこれ等の代理人は何れも上京その他について、費用と時間と労力を考慮し、各地区毎に一括して債権者代表を選任することを希望した結果、裁判所主催の下に昭和廿九年七月十二日午後三時東京都赤坂公会堂において、各地区代表有志懇談会を開き、続いて同年九月二十五日東京日暮里の鯱旅館で、全国債権者各地区代表会議を開き、(1) 関東地区、(2) 東海地区、(3) 四国地区、(4) 九州地区、(5) 中国地区、(6) 東北地区、(7) 近畿地区、(8) 北陸地区、(9) 北海道地区の九ブロツクを形成し、各地区から一名又は二名の代表者を選出し、これ等の代表者に対しては、強制和議の手続に関する交渉権限を委任することゝし、結局十六名の債権者代表者の決定を見ました。そうして当時これ等の者を破産監査委員候補者として裁判所へ届出たのでありましたが、一ブロツク一名の監査委員で足りるとの見解から、内九人が監査委員に任命され、この九名を個人日殖の監査委員とし、別に右九名中の一人を株式日殖の監査委員として兼任させ、両破産の相互連絡に便ならしめたものであります。

従つてその後は九名の監査委員を含めた十六名の債権者代表を以て、現在細胞組織的に統一して、債権届出以後の事務を遂行するための、債権者側の機関となつたのでありますからその地区代表者に対する通知又は送達は各債権者の末端に至る迄一糸乱れず迅速且つ正確に行届く組織になつております。(各ブロツク代表者十六名の住所氏名は必要に応じ提出いたします)

(三) なお更に昭和三十一年十二月五日全国債権者中央連絡所で右各地区代表者会議を開いて、席上、

東京都荒川区三河島町五ノ九八二

岩内隆平

を中央責任者に選任し、これに全権限を委任しました。

右決議録は予て裁判所へ提出してあります。

右の次第ですから、書類及び期日呼出状の送達は、右(一)記載の百四人の代表者に対しなすべきか又は(二)記載の通り、縮少された十六名につきなすべきか、更に(三)記載の如く全国債権者代表として名実共に総債権者のため日夜奔走活躍に寧日のない前記岩内隆平一人につきなせば足りるかについて裁判所の御賢慮を抑ぎたく存じます。

殊に、債権者の大部分が僅少な債権額を有し、且つ遠隔地に在るのに、その債権の全額又はそれ以上の費用を投じて上京し得るや否や又は住所の変更、婚姻転嫁、住所不明等の実際上の事情を考えるときは、各債権者に個別に送達されるよりも代表者だけに送達されることが、便宜、迅速、正確で且つ効果的であると愚考しております。

とりわけ、十数万人の債権者は既に本件和議の提供に対し承諾書を交付しているので、一層手続の簡素化が希望される次第であります。

以上原審における和議提供当時の事情と現在の事情とにつき変更のあつたことを御賢察頂きたいため上申しました。

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